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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)348号 判決 1996年3月25日

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告らの請求

被告は、東京都世田谷区に対し、金五一〇〇万円及びこれに対する平成四年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都世田谷区(以下「世田谷区」という。)の住民である原告らが、同区の区長である被告がした「小田急沿線交通施設及び街づくり調査」(以下「本件調査」という。)のための財団法人都市計画協会(以下「協会」という。)に対する五一〇〇万円の委託料の支出が違法であるとして、地方自治法(以下「地自法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、世田谷区に代位して、右委託料相当額の損害賠償の支払を求めた住民訴訟事件である。

一  当事者間に争いのない事実等(証拠により認定した事実については適宜書証を掲記する。)

1 原告らは、世田谷区の住民であり、被告は、同区の区長である。

2 世田谷区においては、小田急小田原線(喜多見駅付近から梅ケ丘駅付近)の連続立体交差事業(以下「本件連立事業」という。)を契機として、沿線の交通施設や街づくり事業の調査を行うこととされ、平成三年六月一一日、被告は、本件調査を協会に委託する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。右契約は、調査対象地域を梅ケ丘駅、豪徳寺駅、経堂駅、千歳船橋駅、祖師ケ谷大蔵駅及び成城学園前駅の六駅の周辺地区及び右各駅間とし、納期を平成四年三月二五日、委託料を五一〇〇万円(以下「本件委託料」という。)として締結され(乙二号証)、被告は、同年四月一四日、本件委託料を協会に支払った(以下「本件支出」という。)。

3 原告らは、平成六年一〇月六日、本件支出を違法であるとして、世田谷区監査委員に対して住民監査請求を行った(以下「本件監査請求」という。)が、同監査委員は、同月二〇日付けで、本件監査請求は監査請求期間を徒過してされたものであり、右徒過について正当な理由があったとはいえないとして、本件監査請求を却下した。

二  本件支出の違法性についての原告らの主張

1 本件調査は、これに先行して東京都が実施した本件連立事業に関する連続立体交差事業調査(以下「別件調査」という。)に直接関連するものである。別件調査は、建設省と運輸省との「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」(いわゆる建運協定)に基づく連立事業調査要綱に従って行われるべきものであるから、本件調査も連立事業調査要綱における<1>地域住民の主体性の保障と住民参加の要請、<2>調査の外部委託の最小抑制、<3>最適方式(条件)の検討などの趣旨が遵守されるべきであるのに、本件調査は、秘密的、非公開的調査となっており、違法である。

2 本件調査は、別件調査と同様、協会を介しているが、実質的には、パシフィックコンサルタンツ株式会社(以下「パシフィック」という。)に全面的に委託され、本件調査の内容は、その大部分が別件調査の内容と同一のものとなっており、本件調査の受託者であるパシフィックは、別件調査の内容をほぼ全面的に本件調査に流用でき、本件調査のための独自の調査、分析及び検討の作業を実施する必要がなかったものである。それにもかかわらず、被告がパシフィック等に対し、新規に調査を行う場合の費用を上回る本件委託料を支出したことは、違法かつ不当な二重支出というべきであるし、いわゆるトンネル機関にすぎない協会を介して行われたことも有害無益である。

3 本件調査を別件調査を行ったパシフィックに委託すれば、別件調査と同一の調査結果が導かれることが予想されるのであるから、被告は、本件調査を行うに当たって、多様な意見を求めるために、パシフィックに対する調査委託を回避する義務があった。それにもかかわらず、あえてパシフィックに調査委託してなされた本件支出は、不要、不当、違法である。

4 以上のような方法で行われた本件調査は、本件連立事業を地下方式ではなく高架方式で行うということを前提として世田谷区民の世論操作を行うためのものであり、こうした行政の中立性の原則に反する本件調査は違法であり、そのための本件支出も違法である。

三  争点

本件監査請求が本件支出があった日から一年を経過した後にされたことは当事者間に争いがないところ、本件の争点は、本件訴えが、適法な監査請求を経由したものか否か、すなわち、本件監査請求が監査請求期間を徒過したことにつき地自法二四二条二項ただし書の「正当な理由」があるかという点であり、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1 原告らの主張

(一) 地自法二四二条に定める監査請求は、当該地方公共団体の一住民の資格でなし得るものであり、右住民は、意思能力を有していれば、個人でも法人でもよく、納税者であることも、選挙権者であることも必要としないものであるから、監査請求の主体としては、当該地方公共団体のごく一般的な住民が予定されているのである。そして、監査請求は、ごく一般的な住民が当該地方公共団体の行政行為に参加し、その財務会計行為をチェックするための制度であるから、同条二項に定める一年間の監査請求期間の制限及び正当な理由の存在については、できる限り柔軟に解釈、適用されなければならない。

(二) 原告らは、世田谷区長に対して東京都が実施した別件調査の調査報告書(以下「別件調査報告書」という。)の非開示処分の取消しを求めた訴訟(以下「別件訴訟一」という。)において平成六年二月九日に実施された世田谷区職員大野貢の証人尋問(以下「別件証人尋問」という。)を契機として、世田谷区に対して関連資料の情報公開請求を行い、その過程において、本件契約がされている事実を知り、本件支出がされたことを推認することができたものである。

ところで、本件支出の違法事由は前記二のとおり、本件調査と別件調査との重複、すなわち、二重支出であることを違法事由の一つとするものであって、右違法事由は、本件支出を知れば、直ちに認識し得るものではない。原告らは、別件証人尋問及びこれを受けて行った情報公開手続の過程において本件支出の違法性の端緒を把握したにすぎず、これが違法の認識の段階に到達するためには、更なる資料の入手及び同年三月にされた別件調査報告書の一部開示とこれらの分析、検討を経ることが必要であった。

こうした作業の結果、原告らが本件支出の違法を認識した時期は、平成六年九月末日ころであり、本件監査請求は、この時点から遅滞なくなされており、監査請求期間の徒過には正当な理由がある。

(三) また、本件監査請求は、原告ら多数住民の問題意識に支えられた行動であり、原告らの意思の集約等に相当の日時を要することは当然であり、この点においても正当な理由があるというべきである。

2 被告の主張

本件監査請求は、本件支出がされた平成四年四月一四日から約二年六月近く経過した平成六年一〇月六日にされたのであるから、地自法二四二条二項本文に定める監査請求期間を徒過した不適法な監査請求であり、右監査請求期間の徒過について地自法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」もない。

すなわち、本件支出については、支出後である平成四年一一月二七日に世田谷区議会(以下「区議会」という。)において決算の認定を受け、決算の要領が世田谷区公報によって区民に公表されており、決算を区議会の認定に付するに当たって提出した主要な施策の成果を説明する書類も区政情報センター及び区政情報コーナーに置かれて区民の閲覧に供されているし、平成五年一月には本件調査の結果を区議会に報告して、本件調査の報告書が区議会議員等に配布されるとともに、同年四月には区政情報センターにも右報告書が置かれて区民の閲覧に供されているのであり、本件調査及び本件支出が秘密裡に行われたというようなことは全くない。

また、原告らが、本件監査請求において、自ら、本件支出が違法であることが判明したのは平成六年二月九日である旨主張していることからしても、遅くとも、同日までには、本件支出の事実関係を知ることができたことは明らかであり、原告らは、同日から相当な期間内に監査請求を行うことができたにもかかわらず、同日から約八か月経過した同年一〇月六日になって本件監査請求を行ったのである。

したがって、本件監査請求が監査請求期間を徒過したことについて正当な理由がないことは明らかである。

第三  争点に対する判断

一  地自法二四二条は、その一項において、地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為又は怠る事実について、その行為等が違法な場合のみならず不当な場合にも広く住民に監査請求を可能ならしめ、もって地方公共団体の財務の適正に資することとしたものであるが、他方で、たとえそれが違法又は不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことは当該財務会計上の行為に係る行政事務の遂行及び法的安定性を損なうおそれがあり好ましくないことから、その調整方法として、監査請求期間を限定することとし、同条二項本文において、当該行為等を知った日又はその違法性、不当性の認識を得た日を起算日とすることなく、当該行為のあった日又は終わった日を起算日として、その期間を一年間にしたものである。もっとも、当該財務会計行為の存在及びその内容が地方公共団体の住民に秘匿され、一年を経過してから初めて明らかになったような場合等にも右の趣旨を貫くことが相当でないことは明らかである。そこで、同項ただし書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該財務会計行為のあった日から一年を経過した後であっても、地方公共団体の住民が監査請求をできることとしたものと解される。

したがって、右のように当該財務会計行為の存在及びその内容が秘匿されていたような場合には、同項ただし書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情がない限り、地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該財務会計行為の存在及びその内容を知ることができたかどうか、また、当該財務会計行為の存在及びその内容を知ることができたと解される時から監査請求をするために必要とされる相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断されるべきものであるということができる。

二  そこで、本件支出から本件監査請求に至る経緯についてみるに、前記第二の一記載の事実に加え、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1 本件委託料は、世田谷区の平成三年度の一般会計歳出の土木費(款)、都市計画費(項)、都市計画総務費(目)、委託料(節)の一部として支出されたものであり、平成四年四月一四日に本件支出がされた後、同年一一月二七日には、本件支出を含む平成三年度各会計歳入歳出決算が区議会の認定を受けた。被告は、右決算を区議会の認定に付するに当たり、主要な施策の成果を説明する書類を区議会に提出しており、右書類においては、土地利用の適正化の事業に関する地区計画策定の一つとして、小田急沿線街づくり調査の実施が記載され、交通環境の整備の事業に関して、小田急線(喜多見駅付近から梅ケ丘駅付近)については、都市計画の変更に向けて、説明会等一連の手続を東京都と共に実施し、沿線の街づくりについては、検討委員会を設け、小田急沿線交通施設及び街づくり調査を実施した旨が記載されている。

同年一一月三〇日、世田谷区告示第二四五号により、区議会の認定を受けた決算の要領が公表されると共に、同年一二月二〇日付けの世田谷区公報において右告示の内容が記載された。また、右主要な施策の成果を説明する書類については、区政情報センター及び区政情報コーナーに備え置かれ、区民の閲覧に供された。

2 本件調査の結果については、平成五年一月に、区議会交通対策特別委員会及び都市整備常任委員会に報告されると共に、本件調査結果を記載した報告書(以下「本件調査報告書」という。)が区議会議員等に配布された。本件調査報告書は、同年四月には、区政情報センターに備え置かれ、区民の閲覧に供された。

3 平成六年二月九日に行われた別件証人尋問においては、別件訴訟一の原告側(なお、別件訴訟一の原告は、本件訴訟の原告の一人であり、別件訴訟の原告訴訟代理人は、本件訴訟の原告訴訟代理人と概ね共通していることは、当裁判所に顕著な事実である。)の尋問の際に、本件調査報告書が示された上で尋問がなされ、本件調査における図面や資料の作成を別件調査にも関与しているパシフィックに発注していることが明らかになった。なお、右尋問の際、本件調査報告書に掲載されている図面と極めて似た図面が別件調査報告書に掲載されているのではないかとの質問もされた。

原告らは、同年三月ころ、本件調査の関連資料の情報公開請求を行い、協会との間で委託費用を五一〇〇万円とする本件契約が締結されたことを知るに至った。なお、平成七年四月三日に、被告訴訟代理人が、個人名で本件調査の契約書、仕様書、支出命令書、請求書、内訳書及び物品検査証の情報公開を求めたところ、右各書類中の本件契約の相手方である協会の印影部分及び支出命令書中の協会の金融機関コード・名、口座種別、口座番号及び口座名義人の部分を除いて、右各書類が公開された。

平成六年三月九日には、東京都知事がした別件調査報告書の非開示処分の取消しを求める訴訟(以下「別件訴訟二」という。なお、別件訴訟二の原告の一部は、本件訴訟の原告と共通しており、別件訴訟二の原告訴訟代理人は、本件訴訟の原告訴訟代理人と概ね共通している。)において、別件調査報告書が一部を除いて開示され(以上は、当裁判所に顕著な事実である。)、原告らもその内容を知ることができるようになった。

4 原告らは、平成六年一〇月六日に、本件監査請求を行ったが、その請求書には、本件調査が違法、不当であることが、別件証人尋問の結果明らかとなった旨記載されており、本件支出の違法、不当の理由としては、前記第二の二の原告らの主張とほぼ同様の主張が記載されていた。

三  以上認定の事実に照らすと、世田谷区において、本件調査及び本件支出の存在及びその内容が秘匿されたというような事情は全くうかがえず、原告ら世田谷区の住民が、相当な注意力をもって調査をしたならば、平成五年中には、本件調査及び本件支出の存在及びその内容を知ることができたというべきであるし、遅くとも、平成六年二月九日には、原告らが問題とする本件調査におけるパシフィックの関与を知ることができたのであるから、原告らは、速やかに情報公開請求等の方法により本件支出の特定のための調査等を経た上で相当な期間内に監査請求をすることができたというべきである。しかるに、本件監査請求は、右時点から約八か月を経過した後にされたものであるから、監査請求期間の徒過について正当な理由があるということはできない。

原告らは、本件支出の違法事由を原告らが認識したのは、平成六年三月に一部が開示された別件調査報告書の内容の分析と検討を経た後である平成六年九月末日ころであって、大部にわたる別件調査報告書の内容の分析及び検討に相当な時間を費やさざるを得なかった旨主張する。しかし、監査委員が監査の対象とされた財務会計行為の違法、不当事由が存するか否かを監査するに当たっては、当該監査請求をした住民の主張する違法、不当事由に限られるものではなく、住民が監査請求を行う時点で、当該財務会計行為の違法、不当事由と考えるところを確実かつ確定的なものとして主張しなければならないものでもないのであって、この点を反対に解するときは、正当な理由の存否を判断する場合に、違法、不当事由について確実な認識を得た時を考慮すべきことになるが、これでは、広く住民に監査請求を可能ならしめようとする法の趣旨に反することになるのである。しかも、原告らが、本件監査請求及び本件訴えにおいて、本件支出の違法、不当事由として主張するところは、本件調査と別件調査の内容の比較対照による調査内容の重複、流用の事実だけに限られているものではない上、仮に、原告らの主張する違法、不当事由の主たる部分が本件調査と別件調査の内容の重複の点であり、この点を把握するために、別件調査報告書と本件調査報告書の内容の対比が必要であったとしても、別件訴訟二において、別件調査報告書が一部を除いて開示されたのは、平成六年三月九日であり、原告らも、このころには、別件調査の内容を概ね知ることができたのであるから、この時点から約七か月も経過した同年一〇月六日になって初めてされた本件監査請求が相当な期間内にされたものとはいえないというべきであるし、本件調査及び別件調査の内容を知ることができ、両調査へのパシフィックの関与も把握していた原告らが、速やかに監査請求をすることなく、それ以上に、本件調査の違法、不当事由であると考える別件調査との重複の点を確信するために、別件調査報告書の内容の分析と検討に約七か月近くもの長期間を費やしたとしても、これをもって、本件において正当な理由を認めるべき特段の事情があるともいえないというべきである。

なお、原告らは、本件は原告ら多数住民の問題意識に支えられた行動であり、その意思の集約に相当の日時を要する旨主張するかのようであるが、監査請求が地方公共団体の一住民の資格でなし得るものであることは、原告らも主張するとおりであり、原告らの行動が多数住民の住民運動としてその意思の集約を要するか否かはともかく、監査請求をするについて原告らの意思の集約が必要不可欠とまではいえないから、右のような事情をもって、監査請求期間の徒過についての正当な理由があるといえないことは明らかである。

四  以上のとおり、本件監査請求が監査請求期間を徒過したことについて、正当な理由があるとはいえないから、本件訴えは適法な監査請求を経たものとはいえないことになる。

よって、原告らの本件訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとする。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹田光広 裁判官 岡田幸人)

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